フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「ふたつも食べるのか?」


会計を済ませ、袋を抱きかかえて私は頷いた。


「ええ、そう。ふたつ」


そして、コンビニを出た。


冬の夜はぐんぐん温度を失い、抱いた肉まんの袋がホッカイロのようだ。


「あれだけ食べたのに、まだ入るのか?」


と人を小ばかにしたように笑って、桔平が隣に並ぶ。


「繭も大食いだけど、東子もなかなか侮れないなあ。本当に、食べるのか? それ」


ガサガサ、ビニール袋が音を立てる。


「ええ、そう。食べるの」


食べるのよ。


ハルと、一緒に。


「食べるの」


「そうか。まあ、うん。食欲旺盛な事は良い事だよな。でも、あれだ。夜遅くに食べたら、太るぞ」


ぶくぶく、一気にいっちゃうぞ、なんて、桔平が明らかに私を馬鹿にしているのだと分かった。


普段なら、むっとしていたのかもしれない。


でも、なぜだか全く、全然気に障らなかった。


どうでもいいと思った。


ぶくぶく、太ってもいいと思った。


そして、思った。


とにかく早く帰りたい、と。


マンションに早く帰りたいと思ったのは、初めての事だった。


仕事で疲れたからとりあえずどこにも寄り道せずに帰ろうと思った事は幾度もあるけれど。


誰かが待っていてくれるかもしれないと思うと早く帰ろうと思えた。


「じゃあ、私とても急ぐから」


「何、何かあるのか?」


「食べるの。肉まん」


「はあ? それで急ぐのか?」


「そうよ。桔平も早く帰って。繭と奏汰くんが待っているわよ」
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