フィレンツェの恋人~L'amore vero~
肉まんがつぶれてしまわない程度の力でビニール袋を抱きしめ、駆け出したわたしに桔平が叫んだ。


「あ、東子!」


立ち止まり、振り向く。


「今日はありがとう。本当にありがとうな!」


わたしはふるふると首を振って、


「今回の仕事が成功すること、祈っているわ! おやすみなさい!」


繭によろしくね、と夜の街を一気に駆け抜けた。


走っても、走っても、どんなに必死に走っても。


私の後ろには、アルテミスが着いて来た。











その凄まじさに、目が飛び出るかと思った。


「Perche?」


ぺ……ぺル……?


「Perche!(なぜだ)」


何?


「Non conosce il signifcato!(意味が分からない) Perche? Perche……Percheー!(なぜだー!)」


マンションに到着し、部屋のドアを開けた瞬間、突風に吹き飛ばされるのかと思った。


ハルの声に吹き飛ばされてしまうのではないかと。


「Quest e quello erba!(この草は何だ)」


ハルの声は、完全に悲鳴に近い叫び声だった。


耳の奥がキーンとした。


「Hay,Saeki! Saeki……No……サエキーッ!」


その言葉の中で唯一理解できたのは、サエキ、という言葉だけだった。


おそらく、サエキジロウと電話でもしていたのだろう。


でも、一体、何をそう興奮しているのか。


「ll freddo dal cuor occhi! (薄情者めが)」


ハルは不明な言葉でぺらぺらと、でも、すがるような声で叫んでいた。


ドタッ、と重たそうな大きな音がして、また驚いた。


とても嫌な予感がするのは、気のせいかしら。
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