フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「説明して! ハル!」


私は、ぐったりするハルの大きな体を無理やり抱き起し、ぐらりぐらりと前後左右に揺さぶった。


かく、かく、かく、と動くハルの首はまるで、生後数週間ほどの首のすわっていない赤子のようだった。


ハルが私の腕を掴んだ。


「ああ……東子さんが女神に見えるよ」


と、うっとりとしたとろけそうに潤んだ目をしながら、ハルが言った。


「うっとりしないでちょうだい!」


そして、私の体にもたれながらハルはぬうっと手を伸ばし、


「ねえ、東子さん」


私が一袋98円で購入しておいたサンチュを取った。


「この草は何? 食べ物なの?」


がっくりした。


ぽさり、とハルの手からサンチュが落ちる。


「あと、これ」


ハルがまたぬうっと手を伸ばす。


「変な匂いがするよ。腐っているんだ、この草。捨てた方がいい」


ハルが手にしていたのは、まだ青々と瑞々しい春菊だった。


呆れて、言葉が出てこなかった。


「お腹が空いて。何か作ろうと思ったんだ。それで、冷蔵庫を開けてみたんだ。そうしたら、変な草がたくさん入っていて」


ハルはその“変な草”たちに興味を持ったらしい。


「サエキに聞いてみたんだ。でも、ますます意味が分からないんだ。最後には東子さんに聞けって、サエキのやつ……電話を切ったんだ」


酷いだろう? 、とハルはしゅんとしてしまった。


電話を切ったサエキジロウの気持ちが、痛いほどに分かる。


サエキジロウは、苦労人だわ。


「あのね、ハル」


私はふうーと息を吐いてハルの体を壁に預けて、脱いだコートをハルの横に置き、


「これは、草ではないの。サンチュという野菜よ。勿論、食用。お肉を巻いたりして食べるの」


説明しながら、散乱している食材たちを冷蔵庫に戻した。
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