フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「それと、これは春菊と言って」


「シュンギク……」


「そうよ。もともと香りの強い野菜なの。腐っていません」


どうして分からないのよ、とぶつぶつこぼしながらテキパキと片した。


ようやく片付いたと思った矢先ぎゅるるるうっと音がして、


「東子さん……助けて。お腹すいたんだ」


とハルが言った。


その“草”とやらに執着して、何も口にしていないらしい。


「呆れたわ」


「呆れないで。ぼくは、一生懸命にやったよ」


「何を……まあ、いいわ。そこに白いビニール袋があるでしょ。ハルにお土産よ。食べるといいわ」


「ありがとう。東子さん」


力無い口調でハルは袋に手を伸ばし、ガサガサと中の物を取り出して、


「何だこれは!」


とまた大きな声を出した。


「東子さん! これは、何というパンなの? 白い。それに、妙にやわらか過ぎやしないか……このパンの名前が知りたい!」


「ああ……もう……」


なんだかもう、ここまで来ると、呆れを通り越して、どうにでもなれと思えてくる。


可笑しくて、可笑しくて。


「肉まんという名前のパンよ!」


と答える自分にさえ笑いが込み上げた。


私は年甲斐もなくげらげらとお腹を抱えて笑った。


「そうか。ニクマン! 後でサエキにも教えてやろう! ニクマン!」


「とにかく、食べてみて」


「うん」


ハルが大きな口で肉まんにかぶりついた。


「うっ!」


キラ、とハルの目が輝く。


「意外とおいしいでしょう?」


すると、ハルはもぐもぐと急いで口の中のものを処理して、飲み込んでから笑った。


「これは、パニーノに匹敵する逸材だね! ロベルトもびっくりだ!」


「またロベルト?」


「ああっ! 聞かないで! 言いたくないんだ」


「ええ、分かった」


へんな子。


やっぱり、へんな子、ハルは。


ハルはふたつの肉まんをあっという間に平らげて、ミネラルウォーターをぐびぐび飲む。


私は、ハルを終始見つめながらこんな事を思った。


ハルは、パラレルワールドから来たのだ、きっと。


そして、ハルは人間の姿をした宇宙人だ、なんて。


空腹を満たしたハルが、


「で、どうだった? フレンチディナー」


と聞いて来た。
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