フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「美味しかったわ。でも、私、苦手なの。フレンチ。品数は多いし、マナーも細かいし。肩が凝るわ」


そうじゃなくてさ、とハルが立ち上がる。


「え?」


「ぼくが聞きたいのは、タカツカサの事だよ」


どうだった? 、と聞きながらハルはキッチンを出て行って、リビングのソファーにどさりと座った。


「どうして?」


ハルの後ろ髪に聞いた。


「印象だよ」


振り向かずにハルが答える。


「例えば、パンプキンのようなデブだった、とか。氷のように冷たい人だった、とか。何か物に例えてみて」


「それなら簡単よ」


私は冷蔵庫から2つの野菜を取り出して「見て」と言った。


ハルが興味深々の目で振り向いた。


「会長はこれね。じゃがいも」


と右手でじゃがいもを見せる。


「だって、ごろごろしているんだもの。声は素敵なのに」


ぷ、と吹き出したハルに、今度は左手でそれを掴んで見せる。


「息子はこれ。アスパラガス」


「えっ。緑色なの?」


「……違うわよ。背が高くてすらっとしているという意味。親子なのに、全然似ていなかったわ。あのふたり」


「そうなんだ」


ハルは可笑しそうに笑った。


「じゃがいもに、アスパラガス。うん、いいね。傑作だ」


「それでね、アスパラガスが言うの」


じゃがいもとアスパラガスを野菜室に戻す。


「私の事、トゥーランドットみたいな女だって」


「トゥーランドット?」


とハルが気の抜けた声で繰り返す。


「ええ、そう」


床に置きっぱなしだったコートを拾い、キッチンの明りを消した。


「知ってる? トゥーランドット」


リビングに向かいながら聞くと、ハルはこちらに背を向けたまま「もちろん」と頷いた。


「血も涙もない、美しい姫の事だよね」


「そう。真実の愛を知らない、冷酷な女性」


ハルの笑い声がリビングに響く。
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