フィレンツェの恋人~L'amore vero~
2章:La destine―運命―

エンジェルスノー

朝、お母さんからの電話で起きた。


『帰って来れそう?』


ハルの眠りはとても深いようで、まだ寝息を立てている。


「ああ、それがね……」


私は小声で返事をしながら、ハルを起こさないように携帯電話を握りしめて、寝室のドアをそっと閉めた。


「帰れそうにないの」


ごめんね、と言うと、お母さんは酷く悲しげな声で、


『そうなの……』


と黙り込んでしまった。


お母さんの落ち込む顔が鮮明に浮かんだ。


「お母さん」


今、お母さんは酷くショックを受けて、泣きそうな顔をしているに違いない。


すると、電話越しに低くて優しい「代わりなさい」とお父さんの声が聞こえて、「東子」と言った。


『帰れないのか』


「お父さん。ごめんなさい、私」


『いや、いいんだ。大人には事情という面倒なものがあるからね。母さんの事は、お父さんに任せなさい。こちらの事は心配しなくてもいいから』


それよりも元気でやっているのか、とお父さんが聞いて来た。


「ええ、元気よ。お父さんは?」


『元気だよ。ただ、歳なのかな。最近、老眼が始まってね。新聞が読みにくいんだ』


「虫めがねを買うといいわ」


『お。それはいいかもしれないな』


私とお父さんは同じタイミングで笑った。


お父さんは温厚で冷静で、とっても優しい。


お母さんの事も、私の事も、同じくらい大切にしてくれている。


「帰れないお詫びに、良い物を送ったから。30日の夕方に届くように時間指定しておいたの。だから、家に居てね」


『何を送ってくれたんだ?』


「秘密。お母さんと一緒に開けてね。絶対よ」


『ああ、分かったよ』


とお父さんは言った。


『東子。慎二くんは元気か』


ぎくりとしたけれど、平然を装う。


「元気よ」


『そうか。今度、ふたりで遊びに来なさい』


「ええ」


いずれ、破談になった事も話さなければならない。


がっかりさせてしまうわね、きっと。


黙り込んだ私に、お父さんはまるでエスパーのような事を言って来た。


『東子。何か嫌な事があったら、いつでも帰って来なさい。この家は東子が帰って来る場所なんだからね。たまには娘の元気な姿が見たいな』


分かったわ、そう言って、わたしは電話を終わらせた。
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