フィレンツェの恋人~L'amore vero~
実家は山梨県の静かな田舎町だ。


年末年始やゴールデンウィークなどの長期の休みは、なるべく帰郷するようにはしている。


だけど、今年は帰らない事にした。


もともと、帰らないつもりだった。


だけど、それを決定づけたのは慎二との一件だった。


まだ、両親にどう説明しようか踏ん切りがつかないのだ。


いずれ話さなければならない事は分かっているのだけれども、年末年始のめでたい時は避けたかった。


だから、帰郷できない代わりに、今年はワイン好きなふたりにギフトを贈る事にした。


無口だけれどとっても優しいお父さんには、辛口だけれど濃厚な味わいの白ワイン。


ブルゴーニュのピュリニ・モンラシェを。


いくつになっても可憐で可愛らしいお母さんには、やわらかな口当たりのエレガントな赤ワイン。


シャトー・マルゴーを。












「じゃあ、仕事に行って来るわね。サンドウィッチたくさん作っておいたから、お昼はそれを食べて」


「ありがとう」


「あ、それと、これ」


私は携帯電話のナンバーを書いた紙と、部屋のキーをハルに預けた。


「私の携帯のナンバーよ。何かあったら電話して。それと、出掛ける時は戸締りの確認をしてね」


「うん。でも、こっちだけでいい」


ハルは紙だけを受け取って、キーは返して来た。


「こっちは返すよ。出掛けないからね」


「そう。じゃあ、行って来ます」


キーをバッグに押し込んで、部屋を出る。


カチャン、と鍵がかかる音を確認して、エレベーターへ向かう。


マンションを出ると、冬の青空が広がっていた。


刺すように冷たい風に、朝日がとても心地いい。


風に乗ってクリームのような甘い香りが漂って来て、立ち止まった。


マンションの共同玄関を出たすぐ横には、柊の木がある。

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