フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「je voudrais aller a la hotel Royal(ロイヤルホテルに行こうと思っているのですが)」


ガイドブックを覗き込んで、


「Oui」


と華穂が頷く。


男性は困ったと肩をすくめるジェスチャーをして、ぺらぺら話し続ける。


「mais je ne sais pas ou est-elle(でもどこにあるか分かりません),comment on peut y aller?(どうやったら、そこまで行けますか?)」


「cest pres dici(ここから近いですよ),un peu est dici(もう少し東です)」


男性が外を指さしながら、首を傾げる。


「cest par la?(ということは、あっちですか?)」


「Oui,cest par la.(そうです)marchez tout droite.(この道を真っ直ぐ行けば着きます)」


華穂、すごい。


私はひたすら圧倒されて、ひたすらそのスムーズな会話をじっと見つめていた。


苦い苦い、エスプレッソを飲みながら。


「ok?」


「ok,jai compris!(分かりました)」


と男性は椅子を立ち、とても人懐こい笑顔で、


「Merci!(ありがとう)」


華穂の手を握った。


「Merci beaucoup!(本当にありがとう)」


「Derien(いえいえ)」


華穂が笑うと、男性は残りのコーヒーを一気に飲み干して、律儀に何もしていない私にも一礼して、


「Au revoir bonne journee(さようなら、良い一日を)」


伝票を手にレジへ向かって行った。


「bonne journee a vous,au revoir(あなたも、さようなら)」


と華穂は彼に手を振り、


「良い一日をー、ですって」


にこやかに椅子に座った。


「彼、これから、ロイヤルホテルで働いている友人に会いに行くんですって。友人が料理長をしているんだって言っていたわ。3年ぶりに会うんだって」


と、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲みながら華穂が続けた。


「ロイヤルホテルって、確か、去年、九条グループに買い取られて、国際ホテルになったのよね」


そういえば、九条グループって……と華穂は話し続けたけれど、内容なんてさっぱり頭に入って来なかった。


私は、華穂のフランス語の達者さに圧巻だったのだ。

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