フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「わ……わんす……」


残りの休み時間をしきりに気に掛けながら、私は早口で桃太郎の絵本を音読した。


華穂の要望通りに。


「Once upon a time Grandfather without the child and Grandmather lived in the some place……」


昔々、ある所に子供のいないおじいさんとおばあさんが住んでいました。


「……An ogre and a fight,Momotaro who beat an ogre wonderfully are carriers in……」


鬼が島で鬼と戦い、鬼に勝った桃太郎たちは、鬼が村の人たちから奪って行った財宝を持ち帰り、


「……the cause of an Grandfather and Grandmather happily.」


おじいさんとおばあさんのもとに帰り、桃太郎は幸せに暮らしました。


パタ、と絵本を畳んで「これでいい?」と返すと、華穂はこくりと頷きながら絵本を受け取った。


「やっぱりね。私のカンは外れじゃなかったわ」


と絵本をHERMESに突っ込んで華穂が急に真面目な顔になった。


「ね。牧瀬ちゃん。英語はどれくらいできるの?」


「ああ……高校生の時、英会話スクールに通っていたから。一通りの会話はできるかな。筆記も。でも、資格とかはひとつも持ってないけれどね」


あの頃、部活動などしていなかったし、友達も少なかったから、暇さえあれば英会話の本を読んだりCDに耳を傾けてばかりだった。


休日も英語の小説を読んだり、洋画ばかり見ていた。


「好きなのよ、英語。日本語みたいに曖昧じゃないから。ストレートなところが好きなの」


「そう。やっぱりね。私、以前、見たの。取引先のニューヨークから社員が来た時、受付で牧瀬ちゃんが対応しているところ」


確かに、そんな事もあったかもしれない。


でも、いつの、どれ、なのかなんてもう分からないけれども。


「ねえ、牧瀬ちゃん」


とテーブルに身を乗り出した華穂が、私の手に手を重ねる。
ため

「私たち、もう25よね。四捨五入すると、30よ」


「そうね」


「受付嬢なんてね、若くて可愛いくてなんぼの世界よ」


華穂の言う通りだ。


若くて可愛い子は、次から次へと入って来る。


25の私があの席に座っているのだって、海外から来たお客様の対応に困らないためだという事は分かっている。
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