フィレンツェの恋人~L'amore vero~
彼は微かな声ひとつ出さず、まるで操り人形のように、すうっと美しい仕草で立ち上がった。


背の高い、男の子だった。


背の高い慎二よりも、もっと高い。


「そう。私を、信じてくれるの」


彼はうつむいたまま、雪をかぶった頭をかくりと下げた。


その耳元で、銀色のピアスがくるりと輝く。


「今日、私は、あなたを拾います」


着いて来て、と歩き出した私に数メートル距離を置きながら、ポチは無言のまま本当に着いて来た。


なぜ、こんな所に居るの?


一体、何をしていたの?


家出?


「クリスマスイヴなのに」


家は近いの?


歳はいくつ?


幾つ質問を投げても、ひとつとして返って来る事はなかった。


ポチはただ、私の後ろをひたひたと着いて来た。


後ろに、誰かが居る。


それは、見ず知らずの人間なのに。


不思議な事に、安心感が生まれていた。


カツカツカツ、カツ。


私が立ち止まると、背後の足音もヒタリと止まる。


カツ……、私が歩き出すと、ひたひたと歩き出す。


まるで、駆け引きみたいだと思った。


腹の探り合いでもしている気分だった。


湿ったカビ臭い路地を抜けて、マンションの共同玄関前で私は立ち止まり、振り返った。


明明とした光が降る街灯の真下で、ポチは下を向いたまま立ち止まる。


「私、どうかと思うの」


話しかけても、やはり返事は愚か、反応すらない。
< 18 / 415 >

この作品をシェア

pagetop