フィレンツェの恋人~L'amore vero~
この子、聞こえるけれど、しゃべれないのかしら。
「確かに、私はあなたを拾ったわ。でも、どうかと思うの。うまくないんじゃないかしら」
理由はどうであれ、今夜、同じ空間で過ごす事になる人なのだ。
「あなた、ポチという名前じゃないわよね。そんな犬みたいな名前のはずないでしょう。見るからに人間だわ。名前くらい、言いなさいよ」
言いなさいよ、なんて大人げなかったかしら、とやわらかく言い直した。
「言いたくない事は、無理に言わなくてもいいし、聞かない。でも、名前を教えてくれると助かるわ」
しばらくの長い長い間があった後、彼はうつむいたままぽつりと声を出した。
「……ハ、ル」
「はる?」
と繰り返して、聞いた。
「春、夏、秋、冬、の春?」
ふるる、と小さく首を振って、ハルは言った。
「太陽の陽、で、ハル」
高校生なのに、なんて色気たっぷりの声なのだろう。
「陽(ハル)。そう。いい名前を付けてくれたのね。あなたのご両親」
「別に……」
「え?」
「……そう思った事は、一度もない」
「そうなの? 勿体無い」
勿体無い。
本当に、そう思った。
独特な、とてもいい声をしているのに、その声にはまったくと言っていいほど覇気がなかった。
生きる事に執着が無くて、呼吸をする事ですらしんどいような、洞窟のような声色だったから。
「私は、東に子供の子で、トウコ」
「……トウコ」
「そう。ハルと同じよ。好きじゃないの、この名前」
しいて言うなら、嫌い。
「……なぜ?」
次の瞬間、私は金縛りに合ったかのように、息を止めた。
「確かに、私はあなたを拾ったわ。でも、どうかと思うの。うまくないんじゃないかしら」
理由はどうであれ、今夜、同じ空間で過ごす事になる人なのだ。
「あなた、ポチという名前じゃないわよね。そんな犬みたいな名前のはずないでしょう。見るからに人間だわ。名前くらい、言いなさいよ」
言いなさいよ、なんて大人げなかったかしら、とやわらかく言い直した。
「言いたくない事は、無理に言わなくてもいいし、聞かない。でも、名前を教えてくれると助かるわ」
しばらくの長い長い間があった後、彼はうつむいたままぽつりと声を出した。
「……ハ、ル」
「はる?」
と繰り返して、聞いた。
「春、夏、秋、冬、の春?」
ふるる、と小さく首を振って、ハルは言った。
「太陽の陽、で、ハル」
高校生なのに、なんて色気たっぷりの声なのだろう。
「陽(ハル)。そう。いい名前を付けてくれたのね。あなたのご両親」
「別に……」
「え?」
「……そう思った事は、一度もない」
「そうなの? 勿体無い」
勿体無い。
本当に、そう思った。
独特な、とてもいい声をしているのに、その声にはまったくと言っていいほど覇気がなかった。
生きる事に執着が無くて、呼吸をする事ですらしんどいような、洞窟のような声色だったから。
「私は、東に子供の子で、トウコ」
「……トウコ」
「そう。ハルと同じよ。好きじゃないの、この名前」
しいて言うなら、嫌い。
「……なぜ?」
次の瞬間、私は金縛りに合ったかのように、息を止めた。