フィレンツェの恋人~L'amore vero~
吸う事は愚か、吐き出す事すらできなかった。


「東子さんは……」


なんて、綺麗な顔立ちなのだろう。


瞬きが出来なかった。


それで、ほんの少しだけ、ドキドキした。


ハルに、命を狙われるかもしれないと思ったから、ドキドキした。


「なぜ、好きじゃないの? 名前」


理由なら、完璧に備えてあった。


だけど、答える事が出来なかったのは、息ができなかったからだ。


ハル。


この子は、なんて酷い目で人を見るのかと、私は戸惑いを隠せなかった。


「東子って、とてもいい名前だと……ぼくは思うけど」


頭を上げたハルは同じ人間とは思えないほど、眉目秀麗だった。


すらりと高い背も、少し頼りなさげに見える肩幅も。


雪で濡れた真っ黒でつやつやの髪の毛も、端麗な鼻筋と唇も。


見るからに純日本人の男の子。


なのに、何とも言えない見目麗しい容姿を、ハルはしていた。


まるで、西洋の紳士的なスマートな印象だった。


何より美しいのは、レンズが割れた黒縁眼鏡の奥に輝く瞳だった。


ゾクゾクした。


「眼鏡のレンズ、割れてるけど」


どうしたの? 、私が聞いても、じっとこちらを見つめるばかりで、ハルは何も答えようとしない。


その目に、ゾクゾクした。


なんて目をしているの。


生身の人間とは思えない、作り物じゃないのかと疑りたくなるような美しさだ。


濡れた髪の毛が街灯の光を吸収して、艶々と輝く。


純黒色の髪の毛先から、ぽたぽたと滴がしたたり落ちる。


固まる私に、ハルが聞いて来た。


「なぜ、好きではないの?」


「……」


金縛りに合ったわけではなかった。
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