フィレンツェの恋人~L'amore vero~
音を立てぬよう急いで毛布の中に戻って、ぎゅっと目を閉じた。
ますます、ハルが分からなくなってしまった。
おそらく、これは私の勝手な憶測にすぎないけれど。
あのパソコンを見つめていた顔が、私の知らないハルの顔ではないだろうか。
朝と夜、そして、昼。
私の知らない、昼のハル。
何よりも、あの目。
思い出すだけでも、背筋が凍りつく。
まるで、見えない敵と戦っているような野蛮な目だった。
キイ……と音がして、ハルの気配が濃くなった。
ひた、ひた、と足音が近づいてくる。
私は熟睡しているふりをした。
どさりと荷物を置いて、ハルが毛布の中に入って来た。
小さく小さく溜息を吐き出して、私に寄り添ってくる。
次の瞬間、ドキッとした。
突然、ハルが手を繋いできた。
だけど、眠るふりを続けた。
「……io」
たまらず、目を開けてしまいそうになった。
その声は、今にも泣きそうなか細いものだった。
「io(ぼくが)……cosi……odioso?(そんなに、憎いの?)」
ハルは、子供が母親に甘えるように、私の肩に顔を埋めてきた。
何かに酷く脅えきった、震えた声だった。
「fratell maggiore……(兄さん)」
そう呟きながら、ハルは次第に眠りに堕ちていったようだった。
すうすう、その寝息を確認して、私は静かに目を開いた。
真っ暗だった窓の外に変化が起きていた。
東の空の袂に、灰色がかった明るさが広がっている。
今、この街に、朝が訪れようとしている。
「東子さん」
出勤時間になりマンションを出ようとした時、ハルが起きて来た。
「今日、出掛けるんだ。だから、鍵を預かってもいいかな」
無邪気な子供のような寝起きの顔、また今日もスネオのような寝癖が揺れている。
もうすっかり、いつもの穏やかなハルに戻っていた。
朝方見た不気味な光景は夢だったのかもしれないと思ってしまうほど。
「昼過ぎには帰って来るよ」
「いいけど。ハルが出掛けるなんて珍しいのね。サエキさんと?」
差し出されたハルの手のひらに鍵を乗せて、ブーツに足を通した。
ますます、ハルが分からなくなってしまった。
おそらく、これは私の勝手な憶測にすぎないけれど。
あのパソコンを見つめていた顔が、私の知らないハルの顔ではないだろうか。
朝と夜、そして、昼。
私の知らない、昼のハル。
何よりも、あの目。
思い出すだけでも、背筋が凍りつく。
まるで、見えない敵と戦っているような野蛮な目だった。
キイ……と音がして、ハルの気配が濃くなった。
ひた、ひた、と足音が近づいてくる。
私は熟睡しているふりをした。
どさりと荷物を置いて、ハルが毛布の中に入って来た。
小さく小さく溜息を吐き出して、私に寄り添ってくる。
次の瞬間、ドキッとした。
突然、ハルが手を繋いできた。
だけど、眠るふりを続けた。
「……io」
たまらず、目を開けてしまいそうになった。
その声は、今にも泣きそうなか細いものだった。
「io(ぼくが)……cosi……odioso?(そんなに、憎いの?)」
ハルは、子供が母親に甘えるように、私の肩に顔を埋めてきた。
何かに酷く脅えきった、震えた声だった。
「fratell maggiore……(兄さん)」
そう呟きながら、ハルは次第に眠りに堕ちていったようだった。
すうすう、その寝息を確認して、私は静かに目を開いた。
真っ暗だった窓の外に変化が起きていた。
東の空の袂に、灰色がかった明るさが広がっている。
今、この街に、朝が訪れようとしている。
「東子さん」
出勤時間になりマンションを出ようとした時、ハルが起きて来た。
「今日、出掛けるんだ。だから、鍵を預かってもいいかな」
無邪気な子供のような寝起きの顔、また今日もスネオのような寝癖が揺れている。
もうすっかり、いつもの穏やかなハルに戻っていた。
朝方見た不気味な光景は夢だったのかもしれないと思ってしまうほど。
「昼過ぎには帰って来るよ」
「いいけど。ハルが出掛けるなんて珍しいのね。サエキさんと?」
差し出されたハルの手のひらに鍵を乗せて、ブーツに足を通した。