フィレンツェの恋人~L'amore vero~
頭の中を支配しているのは、今朝方のあの光景だった。
特に、ハルの不気味な横顔が目の奥に焼き付いて離れない。
「どうしたんですか? らしくないですね。寝不足ですか?」
平賀彰子が私の顔を覗き込んで来て、ようやく我に返った。
「え?」
うーん、と平賀彰子が唸る。
「やっぱり変。いつも隙がなくてぴしっとしてる牧瀬さんが上の空だなんて」
「そう? 上の空だったの? 私」
「そうですよ! 朝からずーっと、溜息ばかり」
溜息をついていたことすら自覚していない私は、重症かもしれない。
「ごめんなさい。朝からいろいろあって」
「あー、なんとなく分かります。私も寝坊しちゃったんで。完全に正月ぼけですね」
ひひ、とおちゃらける平賀彰子をうらやましいと思った。
「私はそれとまた違うけれどね」
この子はこれまで自由にのびのびと生きてきたんだろうな、なんて。
「私はいつもより起きるのが早すぎたの」
と私は苦笑いして、正面に向き直った。
雨はすっかり上がっていた。
正午になったらしい。
開いたエレベーターから、それぞれの課のネームプレートを下げた社員たちがぞろぞろとあふれ出て来た。
「何食べる? とんかつ?」
「無理。正月の不殺生で胃が」
「じゃ、蕎麦で軽くすませるか」
営業部の社員たちが通り過ぎて行く。
「小嶺チーフ! お昼一緒にしませんか?」
「お、いいわね。どこ行こうか。おごってあげる」
「ラッキー! さすがチーフ!」
「今日だけよ」
華穂が私に手をひらひらと振って、外へ出て行った。
年が明けたといっても、おめでたいのは結局三が日だけだ。
仕事が始まればまた日常が戻ってくる。
ランチへ出る社員たちで、フロアーも出入り口も一気ににぎやかになった。
「じゃあ、お先にお昼行かせてもらいますね」
と、平賀彰子が椅子を立った。
特に、ハルの不気味な横顔が目の奥に焼き付いて離れない。
「どうしたんですか? らしくないですね。寝不足ですか?」
平賀彰子が私の顔を覗き込んで来て、ようやく我に返った。
「え?」
うーん、と平賀彰子が唸る。
「やっぱり変。いつも隙がなくてぴしっとしてる牧瀬さんが上の空だなんて」
「そう? 上の空だったの? 私」
「そうですよ! 朝からずーっと、溜息ばかり」
溜息をついていたことすら自覚していない私は、重症かもしれない。
「ごめんなさい。朝からいろいろあって」
「あー、なんとなく分かります。私も寝坊しちゃったんで。完全に正月ぼけですね」
ひひ、とおちゃらける平賀彰子をうらやましいと思った。
「私はそれとまた違うけれどね」
この子はこれまで自由にのびのびと生きてきたんだろうな、なんて。
「私はいつもより起きるのが早すぎたの」
と私は苦笑いして、正面に向き直った。
雨はすっかり上がっていた。
正午になったらしい。
開いたエレベーターから、それぞれの課のネームプレートを下げた社員たちがぞろぞろとあふれ出て来た。
「何食べる? とんかつ?」
「無理。正月の不殺生で胃が」
「じゃ、蕎麦で軽くすませるか」
営業部の社員たちが通り過ぎて行く。
「小嶺チーフ! お昼一緒にしませんか?」
「お、いいわね。どこ行こうか。おごってあげる」
「ラッキー! さすがチーフ!」
「今日だけよ」
華穂が私に手をひらひらと振って、外へ出て行った。
年が明けたといっても、おめでたいのは結局三が日だけだ。
仕事が始まればまた日常が戻ってくる。
ランチへ出る社員たちで、フロアーも出入り口も一気ににぎやかになった。
「じゃあ、お先にお昼行かせてもらいますね」
と、平賀彰子が椅子を立った。