フィレンツェの恋人~L'amore vero~
シャープ且つ激烈な稲妻が、つむじから一気に流れ込んで来たような衝撃を受けたのは明らかだった。


ビリビリとした旋律が、背中を這う。


その異様な目つきに、私の胸は打たれた。


この子は……ハルは。


「東子。とても清らかな名前だと思うんだ。少なくとも……ぼくは、だけど」


なんて目をしているのだろう。


そのすらりとした容姿は紳士的なのに、瞳は氷の結晶のように冷え冷えとした色をしている。


まるで、魂を抜き取られた、感情を失った人形のようだ。


「ぼくの事が、こわい?」


「……え?」


ハッとした時、ハルの顔が目と鼻の先にあった。


「だって。東子さん、震えているから」


「な……寒いだけよ」


私はあからさまに後ずさりした。


「怖くないわ」


だけど、恐ろしいと思った。


年下の男の子を、生まれて初めて、恐ろしい、と。


「本当に? ぼくの事、何も分からないのに? ぼくがどんな人間か、分からないのに?」


「怖くないわ」


恐ろしいけれどね。


「そう。東子さんは、大人だね」


「そうね。ハルから見たら、おばさんね」


「違うよ。そういう意味じゃない。かっこいいと思ったんだ」


「かっこいい?」


憮然とした態度を返すと、ハルは困ったように背中を丸めた。


「どこの誰かも分からない男を拾うなんて、普通しないよ。東子さんは、勇気があるね」


夜空から、本格的な雪が舞い始めていた。
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