フィレンツェの恋人~L'amore vero~
ハルのキスは遠慮がちで、ぎこちなくて。


それなくせ、驚愕してしまうほど激しくて。


思考能力が急激に低下して行く。


頭が狂ってしまうのではないかと恐怖感さえ感じられるキスだった。


恍惚とした感情がマグマのように込み上げて来て、全身から力を奪って行く。


膝ががくりと落ちそうになるのを何とか堪えたその瞬間に、私たちは同時に唇を離した。


ハッとした顔で私を見下ろすハルの背後で、ベッドに投げ出された携帯電話が音を奏でていた。


「……電話」


私が言うと、ハルがこくりと頷いた。


「ごめんなさい。私は出て行くから」


ハルの胸をそっと押し離して、ドアを開く。


「……Pronto? (もしもし)」


ハルの話し声を聞きながら、


「……Si(ああ)……Stazione Centorale Santa Maria Novella(フィレンツェ中央駅で)……Si……」


パタリとドアを閉めて即座にその場を離れた。


乱れきった呼吸を整えながらキッチンへ駆け込みシンクに両手をついて、深呼吸を繰り返す。


何度も、何度も。


何度も。


次第に呼吸が楽になって、今度は胸元を手で押え込む。


ここには爆弾が埋め込まれているのかもしれない。


今にもはち切れそうなほど、心臓が激しく脈打っていた。


私、今……何を。


何を。


「……ハルと」


キスをした。


ハル、と。


触れた唇が業火のように燃え滾っていた。


熱い。


寝室のドアの向こうから僅かながら、ハルの声が漏れ出して聞こえてくる。


「……il 10 gennaio (1月10日)……Si……」


寝室のドアから視線を反らしてぷるぷると頭を振り、急いでバスルームに駆け込んだ。


シャワーを浴びて冷静になろうと思った。


服をはぎ取る。


子供のように辺りに服も下着も脱ぎ散らかした。
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