フィレンツェの恋人~L'amore vero~
水圧をいちばん強く設定して、頭から浴びた。


バスルームは一気に湯気が立ち込めて、白く霞んでいった。


「何てことを……」


私はしてしまったの。


火照る体を抱きしめて、しばらく、滝修行のようにシャワーに打たれ続けた。


その間中、やっぱり頭は真っ白で。


やっぱり、何も考えられなかった。


ハルとキスをした。


それ以外、何も。











バスルームを出て、私は真っ直ぐキッチンへ向かった。


長湯をしてしまったせいで、指先が白くふやけてしまっている。


のぼせてしまったのかもしれない。


頭がぼんやりする。


冷蔵庫からペットボトルを取り出してミネラルウォーターをがぶがぶ飲み、ふううと息をついた時、リビングのソファーの上で携帯電話が鳴り響いた。


壁時計で時刻を確認すると、22時をとうに過ぎていた。


リビングへ向かい、急いで携帯電話を確認した。


着信は、桔平からだった。


「もしもし」


『ああ、東子。ごめん、夜分遅くに』


いいえ、と返しながら、私はソファーに深く腰掛けた。


窓の外に視線を飛ばすと、綺麗な三日月が浮かんでいた。


「どうしたの?」


聞くと、一拍あって、桔平も聞いてきた。


今からそっちに伺ってもいいか、と。


『いいかな?』


「ええ、もちろん。でも、どうしたの? 珍しいじゃない、こんな時間に。何かあった?」


繭とケンカ? 、と笑い飛ばすと、桔平も「まさか」と笑いながら否定した。


『ちょっとね。確かめたい事があるんだ』


それはどんな事なのか聞こうと思った矢先、桔平の方から切り出してきた。


『その……東子の同居人のことなんだけど』


心臓がほんの少し、飛び跳ねる。


「ハル?」


『そう、ハルくんの事なんだけど』


私はおもむろに立ち上がり、寝室のドアに視線を投げた。


「……ハルが、どうかした?」


『居る? 会いたいんだ、もう1回。もう一度、彼に会ってみたくて』


「居るわよ」


『じゃあ、今から行くよ』


「ええ、分かった。あと何分くらいで着きそう?」


『あー、いや、実はもう、東子のマンションの近くに居るんだ』


「え! そうなの? ちょっと待って」


私は急いで寝室へ向かった。
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