フィレンツェの恋人~L'amore vero~
豆鉄砲を食らったように唖然と立ち尽くす桔平に、


「東子……?」


「桔平!」


私は、体当たりするように飛び付いた。


「ハル! ハルを見なかった?」


桔平の腕にしがみつきながら、私はパニックになった。


「ハルが居ないのよ! 居なくなったの!」


マンションやアパートが建ち並ぶ閑静な通りに、私の金切り声がビリビリと反響した。


「出て行ってしまったの! どこにも居ないのよ!」


どうしよう、と私は桔平を前後に荒々しく揺すった。


「私が……私があの子を知ろうとしたからだわ! きっとそうよ! あの子を知りたいと思ってしまったから!」


目の奥がぎりぎりと熱くなって、ぐるぐる回る。


興奮する私の両肩を掴んで、桔平が抑えつける。


「東子!」


「ねえ! ハルを見なかった?」


「東子!」


私と桔平はまるで取っ組み合いでも始めるかのようにお互いに掴みかかり、体を揺すり合った。


「ねえ、桔平! 答えて!」


「東子……東子! 落ち着け!」


「嫌!」


私は、首から上部がもげて飛んで行ってしまいそうな程、激しく首を振って抵抗を重ねた。


「ハルが居ないのよ! どこにも! 探して! ハルを探してちょうだい!」


激情が体を支配して、頭に血がのぼって行く。


「探して!」


ハルが戻って来なかったら……。


「私はまたひとりだわ!」


ハルがこのまま戻って来なかったら、私はまた……。


「東子!」


地響きのような怒鳴り声で、ハッと我に返った。


苦しい。


息が乱れる。


通りは、本来の姿に戻り、静寂を取り戻していた。


吐く息は白く、手が痺れる程に悴んでいた。


「大丈夫か……東子」


引き攣る桔平に頷き返し、私は大きく息を吐き出した。


「ごめんなさい、取り乱して……」


ようやく冷静さを取り戻し始めた私に、


「いや……いいよ」


と桔平は明らかに動揺しながらコートを拾い上げ、もう一度、私に羽織らせてくれた。


「……ありがとう」


「東子」


桔平が、私の肩をそっと捕まえる。
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