フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「あの子は……あのハルという子は、東子の何なんだよ」


桔平の怖い程に真剣な眼差しを見つめ返しながら、私は弱く弱く首を振った。


「……分からないのよ」


本当に、何だというのだろう。


「分からないわ、本当に」


「分からないって……お前……。あの子は、一体、牧瀬東子にとってどんな存在なんだよ」


「……存在?」


桔平の瞳は誠実で、どこまでも真っ直ぐで、真剣だった。


目を反らす事すらできなかった。


「ああ、そうだ。東子にとって、あの子は何だ」


桔平の肩越しに、綺麗なやせっぽっちの三日月が灯っている。


「本当に分からないわ」


そもそも、“ハル”という名前だって偽名なのかも分からない。


あの子にはまた別に、真実の名が存在しているのかもしれない。


「でもね、桔平」


と私は桔平を睨むように見つめ返した。


「ハルは嘘を付いたりしないわ」


それだけは、自信を持って言える。


「ハルは、何も教えてくれないけれど。嘘は言わないもの」


「東子……」


私と桔平の空間に、ピンと張りつめた空気が漂っていた。


奇妙な数秒間だった。


張りつめた空気を押し上げて、私の右肩を弾くように手を乗せてきて、


「東子、これから俺が話す事。落ち着いて聞いてくれないか」


と桔平は言った。


「何? 私は落ち着いているわ。冷静よ」


「そうか」


「ええ」


ややあって、桔平が重たそうに口を開いた。


これはあくまでも俺の感にすぎないんだけど、と。


「あのハルっていう子は、もしかしたら……」


え、と私が眉を寄せながら首を傾げた次の瞬間、


「東子さん!」


呼ばれて振り向くと、そこに立っていたのはハルだった。
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