フィレンツェの恋人~L'amore vero~
そして、体を離してビニール袋を拾い、
「これ、一緒に食べよう。ね、東子さん」
ハルは私の右肩に手を回し抱き寄せ、そこに立ち尽くす桔平に言った。
「何か用? ぼくの東子さんに」
桔平は口を真一文字に結んだまま、ハルをじっと見つめていた。
突然、ハルが吹き出した。
「ああ、それとも」
とてつもなく面白おかしそうに笑った。
そして、ポケットから出した黒縁眼鏡を掛けると、桔平に微笑んだ。
「ぼくに用事だったのかな」
くい、と人差し指で眼鏡を押し上げながら。
桔平はイエスともノーとも言っていないのに、ハルは質問に答えるような口調で言った。
「さすがですね、柏木さん。その通りです。あなたの感は当たっていると思いますよ」
に、と意味深に微笑んだハルが「行こう」と私を抱き寄せながら、桔平に背を向ける。
「待って! ハルくん、君は――」
背後から呼び止めてきた桔平に、反射的に、ハルが吐き捨てた。
「Sta' zitto! (黙れ)」
その罵声のような声にハッとして、その目つきにぎくりと背骨が軋んだ。
また、あの目をハルはしていた。
見えない敵と戦っているような、野蛮で残酷な。
「ぼくは何をされても、どうなろうとも構わない。柏木さん。あなたのお好きなようにして下さい」
でも、とハルはさらに私を強く抱き寄せながら、しっかりとした力強い口調で言った。
「東子さんだけは、巻き込まないで」
ようやく、桔平が口を開いた。
「君の言い分は分かる。でも、もう、時間の問題だぞ」
「分かっています。ぼくはそこまで馬鹿じゃない」
微かに苦笑いを浮かべながら桔平に一礼して、ハルは私の肩を抱き寄せながら踵を返した。
私は一度だけ振り返った。
桔平がハルの背中をじっと見つめていた。
桔平の背後に広がる、凍てついた、夜。
今にも雪が舞って来そうな、透明な、空気が澄みきった、夜空だった。
「これ、一緒に食べよう。ね、東子さん」
ハルは私の右肩に手を回し抱き寄せ、そこに立ち尽くす桔平に言った。
「何か用? ぼくの東子さんに」
桔平は口を真一文字に結んだまま、ハルをじっと見つめていた。
突然、ハルが吹き出した。
「ああ、それとも」
とてつもなく面白おかしそうに笑った。
そして、ポケットから出した黒縁眼鏡を掛けると、桔平に微笑んだ。
「ぼくに用事だったのかな」
くい、と人差し指で眼鏡を押し上げながら。
桔平はイエスともノーとも言っていないのに、ハルは質問に答えるような口調で言った。
「さすがですね、柏木さん。その通りです。あなたの感は当たっていると思いますよ」
に、と意味深に微笑んだハルが「行こう」と私を抱き寄せながら、桔平に背を向ける。
「待って! ハルくん、君は――」
背後から呼び止めてきた桔平に、反射的に、ハルが吐き捨てた。
「Sta' zitto! (黙れ)」
その罵声のような声にハッとして、その目つきにぎくりと背骨が軋んだ。
また、あの目をハルはしていた。
見えない敵と戦っているような、野蛮で残酷な。
「ぼくは何をされても、どうなろうとも構わない。柏木さん。あなたのお好きなようにして下さい」
でも、とハルはさらに私を強く抱き寄せながら、しっかりとした力強い口調で言った。
「東子さんだけは、巻き込まないで」
ようやく、桔平が口を開いた。
「君の言い分は分かる。でも、もう、時間の問題だぞ」
「分かっています。ぼくはそこまで馬鹿じゃない」
微かに苦笑いを浮かべながら桔平に一礼して、ハルは私の肩を抱き寄せながら踵を返した。
私は一度だけ振り返った。
桔平がハルの背中をじっと見つめていた。
桔平の背後に広がる、凍てついた、夜。
今にも雪が舞って来そうな、透明な、空気が澄みきった、夜空だった。