フィレンツェの恋人~L'amore vero~
マンションへ入りエレベーターに乗った時、ハルがぽつりとつぶやいた。
「結局、ぼくは自由にはなれないんだ。一生、ね」
その隣で、私は猛烈に葛藤していた。
――ハルくん、君は
言いかけた桔平は、その先にどんな言葉を用意していたのだろう。
――ぼくは何をされても、どうなろうと構わない
あなたのお好きなようにしてください、と桔平に言った、ハル。
――東子さんだけは巻き込まないで
――でも、もう、時間の問題だぞ
と、まるで、ハルの事を知り尽くしているような桔平の言いぐさが、私の喉にはばかる。
魚の小骨がいつまでも引っかかっているようで、歯がゆい。
ふたりは大晦日の夜に初めて顔を合わせただけなのに。
この数日間で、一体、何が起こっていたのかなど、私には分かるはずがなかった。
私とハルを閉じ込めた貸しきりの箱は最上階を目指して、ぐんぐん上昇していく。
「ねえ。ハル」
その横顔に話しかけると、ハルと目が合った。
「何?」
桔平は、あなたの何を知っているの?
私を巻き込むなとは、どういう意味なの?
時間の問題って、一体、何?
「ハルは……」
と、言葉を飲み込んで、私は目を反らした。
「いいえ……何でもないわ」
何も聞いてはいけないんだわ、おそらく。
聞きたくて、ハルを知りたくて、たまらない。
でも、それを望んではならない。
何より、知ってはならないのよ、きっと。
だって、そうだもの。
私がハルを知りたいと思えば思うほど、ハルは一歩ずつ確実に離れて行くもの。
じれったくて、歯がゆくて、心が折れそうになる。
知りたいのに、知ってはならない。
いずれ、いつかは必ず、ハルは私の元から去って行くのだろう。
それはハルを拾ったあの夜から分かっている事だ。
でも、今、居なくなられたら、酷く困る。
だから、知ろうとしてはならない。
エレベーターが最上階に到着し、ドアが開く。
ふたりで同時に下りた瞬間、ハルが言った。
「ぼくは、居なくなったりしないよ」
「……え?」
「結局、ぼくは自由にはなれないんだ。一生、ね」
その隣で、私は猛烈に葛藤していた。
――ハルくん、君は
言いかけた桔平は、その先にどんな言葉を用意していたのだろう。
――ぼくは何をされても、どうなろうと構わない
あなたのお好きなようにしてください、と桔平に言った、ハル。
――東子さんだけは巻き込まないで
――でも、もう、時間の問題だぞ
と、まるで、ハルの事を知り尽くしているような桔平の言いぐさが、私の喉にはばかる。
魚の小骨がいつまでも引っかかっているようで、歯がゆい。
ふたりは大晦日の夜に初めて顔を合わせただけなのに。
この数日間で、一体、何が起こっていたのかなど、私には分かるはずがなかった。
私とハルを閉じ込めた貸しきりの箱は最上階を目指して、ぐんぐん上昇していく。
「ねえ。ハル」
その横顔に話しかけると、ハルと目が合った。
「何?」
桔平は、あなたの何を知っているの?
私を巻き込むなとは、どういう意味なの?
時間の問題って、一体、何?
「ハルは……」
と、言葉を飲み込んで、私は目を反らした。
「いいえ……何でもないわ」
何も聞いてはいけないんだわ、おそらく。
聞きたくて、ハルを知りたくて、たまらない。
でも、それを望んではならない。
何より、知ってはならないのよ、きっと。
だって、そうだもの。
私がハルを知りたいと思えば思うほど、ハルは一歩ずつ確実に離れて行くもの。
じれったくて、歯がゆくて、心が折れそうになる。
知りたいのに、知ってはならない。
いずれ、いつかは必ず、ハルは私の元から去って行くのだろう。
それはハルを拾ったあの夜から分かっている事だ。
でも、今、居なくなられたら、酷く困る。
だから、知ろうとしてはならない。
エレベーターが最上階に到着し、ドアが開く。
ふたりで同時に下りた瞬間、ハルが言った。
「ぼくは、居なくなったりしないよ」
「……え?」