フィレンツェの恋人~L'amore vero~
聞かなくても、分かる。


大切な娘なんだから。


そうよね、お母さん。


それで、いつも思う。


でも、本当の娘じゃないのにね、と。


「……結婚がたった今さっき破断になったなんて、言えないわよ」


パタリと携帯電話を折りたたんで、わたしは窓辺に向かった。


「……どこの高校なのかしら、この制服」


この辺りでは見かけた事のない、びしょ濡れの制服をハンガーに掛ける。


水分を含んだ繊維の匂いに紛れてふわりと立ち上る仄かな香りが、臭覚をくすぐった。


ハルの、匂い。


ブレザーなら大概は左胸のあたりに校章が刺繍されている。


でも、ハルが身に着けていたのはいわゆる昔ながらの学ランと呼ばれる衣だった。


しかも、胸元にもどこにも校章らしきものはない。


めくったりひっくり返したりしていると、学生服の内ポケットから二冊の手帳らしき物が飛び出して、床に落ちた。


「いけない」


それを拾い上げる。


学生証かと思ったけれど、明らかに違う物だった。


「……パスポート?」


紺色の物には「JAPAN PASSPORT」、臙脂色の物には「UNIONE EUROPEA」と金色の文字が綴られてあった。


「どういう事……」


学生証ではない、パスポートを二冊も。


一体、ハルは何者なのだろう。


高校生なのに、日本とヨーロッパのパスポートを持っているなんて。


これには、ハルの事が記されている。


開いて見てみようか、とごくりと息を飲んだ時だった。
< 26 / 415 >

この作品をシェア

pagetop