フィレンツェの恋人~L'amore vero~
プルルルル……、プルルルル……


リビングいっぱいに響いた自宅電話の音で、ハッと我に返った。


慌てて二冊のパスポートを内ポケットに押し込んだ。


私、何をしようとしていたの。


人のプライバシーに土足で踏み込もうとするなんて。


他人の携帯電話をチェックするのと同じだ。


「最低だわ」


知りたいなら、ハルに直接聞けばいいのだから、こんな卑怯な事は駄目だ。


プルルルル……、プルルルル……


私は急いで受話器を取った。


「もしもし」


すると、受話器の向こうから聞こえるのは、久しぶりの無邪気な声だった。


『わっ! 出た!』


「ちょっと……出た、って。人を幽霊みたいに言わないでよ。繭」


柏木 繭(かしわぎ まゆ)は、私の唯一の親友だ。


気付いた時にはもう、繭は親友だった。


『ごめんごめん。だって、本当に出ないと思ってたから』


繭は、私が住んでいるこのマンションの近くに住んでいる。


三年前に結婚して、今は一児の母だ。


「どうしたの? 何かあった? 別に携帯に掛けてくれても良かったのに」


クスクス笑いながら聞くと、クリスマスだからよ、と繭は続けた。


『クリスマスだから。ほら、慎二さんだっけ? 彼と一緒に居るのかと思って。携帯はまずいかなあって』


本当の事はまだ、繭にも打ち明ける気になれなかった。


「ああ……平気よ。今日は一緒じゃないから」


だって、別れたもの。


なんて、さすがにあっさりと言う気分ではなかった。


『なあんだ。東子も同じか。クリスマスなのに』


「何よ、繭。桔平は?」


少しの間の後返って来たのは、明らかに不機嫌な声だった。


『急な取材でね。帰りは午前様よ、きっと』

< 27 / 415 >

この作品をシェア

pagetop