フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「大変ね、フリーライターさんは。桔平、仕事順調なのね」


『さあ、どうだか。私には仕事の事、話してくれないから』


「でも、このご時世、仕事があるのは幸せな事じゃない」


『そうかもしれないけど。でも、クリスマスくらい、家族サービスしてくれてもバチは当たらないでしょ?』


私と繭。


そして、繭の夫である柏木 桔平(かしわぎ きっぺい)は同じ施設で育った。


部屋も同じだった。


私が両親に引き取られる、八歳の夏までは。


ふたりとの再会を果たしたのは、就職して間もなくの事だった。


私が勤めている会社に、仕事で桔平がやって来た事がきっかけだった。


――すみません。柏木、と言います。企画課の今野さんに呼ばれたのですが。企画課は何階ですか?


――企画課は五階になります。右手のエレベーターをご使用下さい


――ああ、ありがとうございます……


フロントで受付をしていた私をじっと見つめて、


――え……実花子?


桔平は目を丸くして、私の泣きぼくろを指さした。


――実花子? そのほくろ、実花子だよな! おれだよ、桔平!


そして、八歳の頃と同じひとなつこい顔で笑った。


――桔平……桔平!


二十歳になった桔平は、若くしてフリーライターになっていた。


――大変だったけどな。やっぱり、施設あがりに世間の目は厳しくてさ


でも、桔平は夜の工事現場と夜の警備員のバイトを掛け持ちしてお金を貯めながら、必死に勉強し、夢を掴んでいた。


――それで、今度、繭と結婚するんだ


私は、本当に、心から嬉しかった。


ふたりと再会できた事、幼少期からずっと一緒だったふたりが幸せを掴んだ事も。


結婚後のふたりの新居が、マンションの近くの一戸建てだという事も。
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