フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「気にしないでよ。東子」


「でも……あっ、下着の分、お金払うから……あ、財布」


何も持たずに、マンションを飛び出してしまったから……。


肩をすくめた私に、繭はますます呆れたように言った。


「いいの。どうせ、セールでまとめ買いした安物なんだから」


「でも」


「本当にいいの。でも、ランチくらいは期待しておこうかな」


イタリアンがいいな、と繭はいたずらっぽく笑った。


「もちろんよ。イタリアンでも、中華でも、何でも」


「本当? ラッキー」


「日は繭に合わせるから」


じゃあ、と踵を返した私を、


「実花……あっ、……東子」


と繭が呼び止めた。


振り向くと、繭が肩をすくめていた。


「ごめん……また実花子って言いそうになっちゃった」


「いいわよ、どちらでも。繭が呼びやすい方でいいのよ」


本当にどっちの名前でも構わない。


私は「実花子」でもあるし、「東子」でもあるのだから。


「ごめんね」


繭が申し訳なさそうに苦笑いをして、都合悪そうに聞いてきた。


「ねえ、今の彼とうまくいってないの?」


痛い所を、それもど真ん中を突かれてしまった。


「……なぜ、そう思うの?」


「だって、クリスマスイヴに、男物の服を借りに来るんだもの。今日は彼氏と一緒じゃないって言っていたのに。変に思わない親友が居ると思う?」


確かに、繭が言う事はもっともな事だった。


「あのね、繭。私自身、戸惑っているの」


私はやっとの思いで笑みらしきものを浮かべた。
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