フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「バイバイ、奏太くん。おやすみなさい」


パタリ、とドアが閉まったのを確認して、私は急いでマンションへの道を駆け出した。


吐く息は白く、夜の空気に消えて行く。


……あの子のように。


子供を産んでも、この私には育てる事ができないのではないかと思う。


繭や桔平のように、たっぷりの愛情を注ぐ事ができないのではないかと思う。


本当の親に捨てられた私が、どうやって我が子に愛情を注げというのだろう。


本当の親の顔なんて分からない、本当の親の愛情をひとつも受けた事のない、この私に。


まして、お母さんとお父さんが注いでくれている愛情は私にではなく、「東子ちゃん」に向けられたものなのだ。


親の愛というものがいまいち分からない私に育てられる子供がかわいそうじゃないか。


ならば、もっと優しいお父さんとお母さんの所へ生まれて行った方がいい。


その方が幸せに決まっているのだから。


きっと、あの子も……。


繭の家を後にしてマンションの前まで戻って来た私は、夜空を見上げた。


「わ、あ……」


すごい。


上空は、息をのむほど、満点の星空。


早く、帰ろう。


ハルが待っているはずだから。


私は紙袋を抱きしめて、マンションへ入った。


もう、雪は降っていなかった。


ただ、とにかく、星がきれいだった。








部屋のドアを開けると、


「え……何、これ」


真っ暗闇だった。


部屋を出る時、電気は付けっぱなしにして出たのに。


「……ハル?」


静寂に包まれた、2LDKの部屋。


返事はない。
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