フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「言うのが遅いのよ。だいたい、電気を全部消すなんて非常識だわ。夜なのに」


「分かってないなあ、東子さんは」


「分かってないのは、ハルよ。夜は明りを付けるものでしょう」


「まあ……いいさ」


そう言って、ハルは上半身裸の格好のまま、L字型ソファーの一番隅にどさりと座った。


「いいさ、別に」


少しいじけた口調をしたハルを、子供みたいだと思った。


男の着ぐるみを着た、子供だ、と。


「そもそも、人間は贅沢だと、ぼくは思うんだ。少し暗いからってすぐに明りを欲する。贅沢なんだよね」


「あら。若いくせに哲学的な事を言うのね」


「だって、本当の事だろ。人間は贅沢だよ」


角ばっているのにしなやかな曲線を描く、広い肩幅。


くっきりと浮き出た太いラインの鎖骨。


立派な喉仏。


無駄な肉が一切ない、体。


ハルはスーツが似合う上半身だわ、と思った。


「それより、ハル」


ソファーにもたれるハルの正面に立ち、


「せっかくお風呂で温まっても、そんな恰好じゃ風邪を引くと思うの」


繭から借りた物を紙袋ごと差し出した。


ハルがエキゾチックな目をパチパチさせた。


「何?」


「友人の夫の物なの。たぶん、サイズもそんなに違わないと思うわ」


桔平に身長は187センチだった。


たぶん、ハルもそれくらいじゃないかと思った。


「肩幅が少し窮屈かもしれないけれど、裸よりはマシでしょう」


「わざわざ、借りて来てくれたの?」


「まさか、裸で過ごさせるわけにはいかないもの」


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