フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「……ありがとう。東子さん」


ハルの黒髪の先端に溜まっていたひとしずくがぽつりと落ちた瞬間、なぜか線香花火を思い出した。


パラパラと火の花が散った後、ぽとりと落ちる真っ赤で小さな火の実。


肩に落ちたしずくがツツ……と鎖骨をすべり落ちる様は奇妙な色気があった。


「とにかく、今夜はこれで我慢して」


目のやり場に困り視線を外すと、カレンダーが視界に入った。


明日は日曜日だ。


「そうだわ、ハル。明日、服を買って来る。どんな服がいい?」


「え……いいよ。要らないよ」


「要らないわけがないでしょう。服がないと、どこにも出かけられないじゃない」


お金の心配ならいらないわ。


今日から使い道の無くなった大金ができてしまったから、それを使えばいい。


結婚資金として貯めていたお金がある。


どうせ使うなら、ハルのために使おうと思った。


「とにかく、湯冷めしないうちに着て」


押し付けるように、紙袋を手渡した。


「東子さん」


ハルがじっと見つめて来る。


とても冷静で、だけど、野蛮な獣のような瞳だ。


「……何?」


「いや……さすが大人の女性だなと思ってさ」


クス、とハルは上品に笑った。


「男の裸なんて、見慣れているんだね。若い男が裸なのに、全然動じないし顔色ひとつ変えないから」


これまで付き合った男は慎二を含めて五人だ。


その内の四つは、とても短い恋だった。


慎二が一番長い恋だった。


「そういうわけではないけれど、まあ、それなりにね」
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