フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「じゃあ、ぼくと東子さんは案外気が合うのかもしれないね」


「そうね」


カップの中で熱を失いかけたお湯を捨てて、ドリップしたコーヒーを注ごうとしていると、


「東子さん、東子さん」


ドタドタと大きな足音を立てて、ハルがキッチンに飛び込んで来た。


「見て! ぴったりだ。どうして、ぼくのサイズが分かったの?」


「ああ、本当ね。良かったわ」


グレーのスウェット姿のハルは大人びた欠片もなく、年相応の無邪気な男の子だった。


「あと、これ、すごくいいね。とても着心地がいいんだ。この服、なんていうの?」


ハルはスウェットの胸元を引っ張って、興味深そうな表情を浮かべた。


「え……?」


私は手を止めて、首を傾げた。


「ハル。スウェット、着た事ないの?」


「スウェットっていうの? この服。有名なの?」


「有名、というか……」


なんと言うか。


世間では、普通に知られている物なのに。


それこそハルは今時の若者なのに、スウェットを知らないの?


「みんな普通に着ている物じゃないの。普段着だったり、パジャマ代わりだったり」


「そうなの? 初めて着たよ」


いいね、これ、とハルは明るい表情を浮かべる。


でも、次の瞬間その表情が陰った。


「いつも、衣類は決められていたからね。物心がついた時にはもう、そうだった」


それに、とハルは続けた。


「用意されている衣類はどれも窮屈で、肩っ苦しい物ばかりだった」


それは、生きている事が窮屈だった、と言っているように聞こえた。


「生まれた時から、ぼくには自由なんてなかったのさ。きっとね」


ハルは変な子だな、と思った。
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