フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「ごめん。全部、無かった事にしてくれないか」


私の愛する婚約者はほんの数分前、


「東子と、結婚できなくなった」


今日、クリスマス・イヴの夜に忽然と消えてしまった。


「東子さん、ごめんなさい。わたし、慎二さんの赤ちゃんを産みたいの。殺すなんてできない。彼を、わたしにください」


「……ちょっと待って」


頭の中は真っ白を遥かに超えて、


「赤ちゃん、て……何?」


もう、無色透明になった。


「わたしのお腹の中には、慎二さんの赤ちゃんがいます。もうすぐ、三か月になります。わたし、妊娠しているんです」


真面目に生きて来た私が、なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか分からなかった。


高校も短大もそれなりの成績で卒業したし、今勤めている会社だってずる休みをした事はない。


「信じられない……」


ふたりの顔を交互に見つめながら、私は心から呆れて、


「信じられない」


と、もう一度繰り返した。


他に言葉は思い浮かばなかったし、出て来なかった。


「ごめんなさい、東子さん……ごめ……」


行きつけのカフェでミルクティーを前に、上原美月(うえはら みづき)が泣いていたのも、ほんの数分前の事だ。


「なぜ……美月が泣くのよ」


本当に泣きたかったのは、私の方だったのに。

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