フィレンツェの恋人~L'amore vero~
逃げ場なんてない。


仕方がない。


もう、どうしようもない事だ。


何がどうであれ、ハルを拾った事実は確かな事だ。


こうなったからには、昨晩の事を一部始終、警察に白状するまでだ。


包み隠さず、全てを。


私は意を決して、受話器を取り、ボタンを押した。


「……どちら様ですか」


『おはようございます』


男だ、とすぐに分かった。


しかも、年配の男だ。


「はあ……」


『この度は突然押し掛けるような真似をして、申し訳ありません。ご無礼をお許し下さい』


「はあ」


そして、おそらく、警察ではないという事も、すぐに分かった。


警察にしては、言葉使いが極端に丁寧だったから。


『牧瀬、東子様、でございますか?』


まったく聞き覚えの無い、渋い声だった。


東子様、逮捕に上がりました、なんて言う警察なんてあるはずがない。


「ええ。そうですが」


一拍あって、返事があった。


『わたくし、サエキジロウ、と申します』

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