フィレンツェの恋人~L'amore vero~
サエキ、ジロウ……。
あっ、と声を漏らしそうになり、とっさに口元を手でふさいだ。
――ぼくの親友は渋いよ
私は、昨晩のハルの妙な発言を思い起こしていた。
――六十五歳なんだ。名前は、サエキジロウ
その事を思い出していた。
口元を押えたまま、モニターに切り替える。
やっぱり、声を漏らしそうになった。
突然、モニター画面を占領したのは、真っ黒なハットを被った年老いた渋い男の顔だった。
『昨晩から、こちらでご厄介になっている者が居るかと思うのですが』
しわしわに目尻に、口元に、大きな目。
八の字を描く、白い髭。
『居りますでしょうか』
と、サエキジロウは、本当に老人だった。
昨晩、ハルの言った事が本当なら、十七歳の親友が今ここを訪ねて来た事になる。
『東子様。牧瀬、東子様』
まるで、部屋の中を覗くように、サエキジロウは大粒の瞳をギョロつかせ、モニターを見つめて来る。
「あ……のう……ハル、の事でしょうか」
私が問いかけると、サエキジロウは緊迫感あふれる表情をひゅるりと緩ませ、安堵した様子で一歩後退したようだった。
『ええ。と言う事は、確かにこちらにいらっしゃるのですね』
「はい。ハルはここに」
『ああ、安心致しました』
なんて、丁寧な言葉を使う人なのだろう。
そして、やわらかな口調だ。
サエキジロウは清潔感たっぷりの真っ白なワイシャツに、ネクタイを締めて、
『実はわたくし、昨晩にお電話を戴きまして』
真っ黒な光沢のある背広に、濃紺色のAラインコート姿だった。
そして、つばの広い真っ黒なハットをすっと取り、微笑んだ。
『約束のお荷物をお届けに上がりました』
あっ、と声を漏らしそうになり、とっさに口元を手でふさいだ。
――ぼくの親友は渋いよ
私は、昨晩のハルの妙な発言を思い起こしていた。
――六十五歳なんだ。名前は、サエキジロウ
その事を思い出していた。
口元を押えたまま、モニターに切り替える。
やっぱり、声を漏らしそうになった。
突然、モニター画面を占領したのは、真っ黒なハットを被った年老いた渋い男の顔だった。
『昨晩から、こちらでご厄介になっている者が居るかと思うのですが』
しわしわに目尻に、口元に、大きな目。
八の字を描く、白い髭。
『居りますでしょうか』
と、サエキジロウは、本当に老人だった。
昨晩、ハルの言った事が本当なら、十七歳の親友が今ここを訪ねて来た事になる。
『東子様。牧瀬、東子様』
まるで、部屋の中を覗くように、サエキジロウは大粒の瞳をギョロつかせ、モニターを見つめて来る。
「あ……のう……ハル、の事でしょうか」
私が問いかけると、サエキジロウは緊迫感あふれる表情をひゅるりと緩ませ、安堵した様子で一歩後退したようだった。
『ええ。と言う事は、確かにこちらにいらっしゃるのですね』
「はい。ハルはここに」
『ああ、安心致しました』
なんて、丁寧な言葉を使う人なのだろう。
そして、やわらかな口調だ。
サエキジロウは清潔感たっぷりの真っ白なワイシャツに、ネクタイを締めて、
『実はわたくし、昨晩にお電話を戴きまして』
真っ黒な光沢のある背広に、濃紺色のAラインコート姿だった。
そして、つばの広い真っ黒なハットをすっと取り、微笑んだ。
『約束のお荷物をお届けに上がりました』