フィレンツェの恋人~L'amore vero~
突然の事に、対応できなかった。


ぼさぼさ頭に、ルームウエアーという完璧に隙だらけの、無防備な格好のままだった事に呆れてしまう。


「起きていたんですけど、すみません、こんな格好で。実は、今さっき起きたばかりだったので」


肩をすくめた私に、サエキジロウはやわらかな笑顔で「いいえ」と首を振った。


「本来ならば、こちらがご連絡を差し上げるべきだったのですから。突然押し掛けたこちらがいけないのです。どうか、お気になさらずに」


「はあ……あ、どうぞ、上がって下さい。今、ハルを」


起こしますから、と来客用のスリッパを並べた時、


「ああーっ!」


リビングから大きな声がして、それは慌てるハルの声だった。


「あ、起きたみたいです」


苦笑いしながら体を傾けてリビングを覗くと、


「東子さん、ごめん。ぼくが呼んだんだ」


飛び起きたハルが朝日を浴びながら、長い脚でソファーを跨ぎ、走って来た。


「一夜ぶりでございます」


サエキジロウが、爽やかに微笑む。


皺だらけの顔を、さらにくしゃくしゃにして。


「やあ、サエキ。よく、ここにすんなり辿り着く事ができたね。お昼くらいになるんじゃないかと思っていたのに」


起きたばかりだというのに、ハルは爽やかだ。


寝癖ひとつない。


ハルが、壁時計を見て頷いた。


「うん。九時ジャストだ。さすがだね、サエキ」


「実は古くからの友人がこの近くに住んでおります。教えていただきました」


「そう」


「ええ。それと、こちら、お約束の物です」


「ああ、急にこんな事に巻き込んで、すまない。助かったよ」


と、ハルはサエキジロウから大きなバッグをふたつ同時に受け取ると、


「少し待っていて。すぐに戻る」


そう言ってリビングに戻り、


「待たせたね」


と本当にすぐに戻って来た。
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