フィレンツェの恋人~L'amore vero~
私は見ていないふりをした。
それが、二冊のパスポートだったから。
「で、父さんたちはどうしてる? 何か言われたかい?」
「いいえ、特に何も」
「そう。とにかく頼んだよ。ぼくはしばらく帰らない」
ハルが私を見てにっこり微笑み、
「東子さんの世話になる。ここに居るから」
と視線をサエキジロウに戻した。
サエキジロウがこくりと頷いた。
「承知致しました。しかし、いずれは――」
「分かってるよ」
サエキジロウの言葉を遮り、ハルは早口で続けた。
「ぼくはバカじゃない。逃げたりもしない。きちんと答えは出す。そう、伝えてくれ。父さんに」
答え?
私は様子をうかがうように小首を傾げながら、ハルを見つめた。
ドキリとした。
ハルがまた、野蛮な目をしていたから。
「そして、サエキ。君に迷惑をかけるような事だけはしないから。約束する」
安心して、そう言った時のハルはもう野蛮な目はしていなかった。
青い空をふわふわ漂う雲のような、穏やかで優しさに満ちた瞳に変わっていた。
「じゃあ、サエキ、道中気を付けて。また連絡を入れる」
「はい。それでは」
サエキジロウは真っ黒なハットを胸元に当て、ジェントルマンのような仕草の会釈をした。
「東子さん、寝室を借りるね」
「え、ええ、どうぞ」
ありがとう、そう言ってさっさと寝室へ入って行くハルの背中を見つめながら、私は茫然と立ち尽くした。
ハルは、何者なの……。
バタン、と寝室のドアが閉まる。
「東子様」
呼ばれてハッとした。
そして、このサエキジロウという老人も、何者なの……。
「……はい」
サエキジロウは背中をしゃんと正して、真っ直ぐ、わたしに言った。
それが、二冊のパスポートだったから。
「で、父さんたちはどうしてる? 何か言われたかい?」
「いいえ、特に何も」
「そう。とにかく頼んだよ。ぼくはしばらく帰らない」
ハルが私を見てにっこり微笑み、
「東子さんの世話になる。ここに居るから」
と視線をサエキジロウに戻した。
サエキジロウがこくりと頷いた。
「承知致しました。しかし、いずれは――」
「分かってるよ」
サエキジロウの言葉を遮り、ハルは早口で続けた。
「ぼくはバカじゃない。逃げたりもしない。きちんと答えは出す。そう、伝えてくれ。父さんに」
答え?
私は様子をうかがうように小首を傾げながら、ハルを見つめた。
ドキリとした。
ハルがまた、野蛮な目をしていたから。
「そして、サエキ。君に迷惑をかけるような事だけはしないから。約束する」
安心して、そう言った時のハルはもう野蛮な目はしていなかった。
青い空をふわふわ漂う雲のような、穏やかで優しさに満ちた瞳に変わっていた。
「じゃあ、サエキ、道中気を付けて。また連絡を入れる」
「はい。それでは」
サエキジロウは真っ黒なハットを胸元に当て、ジェントルマンのような仕草の会釈をした。
「東子さん、寝室を借りるね」
「え、ええ、どうぞ」
ありがとう、そう言ってさっさと寝室へ入って行くハルの背中を見つめながら、私は茫然と立ち尽くした。
ハルは、何者なの……。
バタン、と寝室のドアが閉まる。
「東子様」
呼ばれてハッとした。
そして、このサエキジロウという老人も、何者なの……。
「……はい」
サエキジロウは背中をしゃんと正して、真っ直ぐ、わたしに言った。