フィレンツェの恋人~L'amore vero~
ベビードールという香水を、美月は好んで身にまとっているようだった。


もしかしたら私は、美月に憧れていたのかもしれない。


恋の恋をする、少女のように。


その瑞々しい、透き通ったつやつやの肌に。


くるくる輝く、大粒の瞳にも。


小柄で可愛らしい、その容姿すべてに。


天と地をひっくり返しても、私にはどうあがいても似合わない甘い香りが似合ってしまう、上原美月に。


そんな彼女が、よりによって私の婚約者の子を身ごもっているなんて。


「信じられるわけが……ないでしょう」


一体、いつ、ふたりがそういう関係になっていたのかすら、見当がつかない。


覚束無い足取りで賑やかで華やかな大通りを歩きながら、私は泣き続けた。


クリスマス・イヴの街中を泣きながら歩くのは、酷く惨めだった。


けれど、恥ずかしくはなかった。


私は大人になってから始めて、泣きやむ方法を忘れるくらい泣いている事に気づいた。


慎二からプロポーズを受けたのは、今年の春の事だ。


ちょうど、美月が入社して来て間もなくの、桜が満開になった日。


会社からほど近い公園。


ライトアップされた夜桜が舞う木の下で、慎二が言ってくれた。


「俺たち、そろそろいい頃だと思うんだけど、どうかな」


はらはらと舞い散る花びらは白く輝いていて、まるで、雪が降っているようだった。


「東子。俺と結婚してくれないか」
< 7 / 415 >

この作品をシェア

pagetop