フィレンツェの恋人~L'amore vero~
ハルと話していると、どんどん調子が狂って行く気がする。


たまに、過度に妙な事を、ハルは言い出す。


「この街は変わっているね。なんだって、クリスマスに出歩きたがるんだろうね」


それに見て、とハルは車道をビュンビュン走るバスやタクシーや乗用車を指さして、腑に落ちない様子で首を傾げる。


「普通、クリスマスは二十四日の夕方には交通機関も止まるものだよ」


「はあ?」


妙な事を、ハルは真面目な顔で平然と言い出す。


「なぜ、こんなに車が走っているのか分からないよ。忙しない。みんな、クリスマスを忘れているのかな」


そんな事を、ハルは生真面目な顔で真剣に言うのだ。


クリスマスに交通機関が全て停止するなんて、この二十五年間で聞いたためしは一度もない。


実際にそんな事が起きた事もない。


「なんだって、忙しい街だね。クリスマスとは思えない光景だ」


呆れ疲れ果てたような声で言い、ハルが再び歩き出す。


「待って。これのどこがクリスマスとは思えないというの?」


ショーウインドウを彩る赤と緑も、飾り付けされたツリーも。


「いかにもクリスマスです、って感じの光景じゃないの」


車道側を歩いていた私をさりげなく道の奥に移動させて、


「東子さんはこっち」


とほほ笑んだハルは、本当に紳士だ。


「あ、りがとう」


「うん」


冬の清潔な陽射しが、ハルの長いまつ毛を輝かせる。


「ねえ、ハル。あなた、どこから来たの?」


聞きながら、私はばかばかしい事を考えた。


ハルは遠い誰も知らない惑星からやって来たのではないか。


ハルは人間じゃなくて、惑星に住む「宇宙人」なのではないか、なんて。


だって、本当に奇妙な事ばかり言うのだ。


「どこかな。分からないんだ。気付いた時にはもう、生きていたから」


ほら、これだ。


そのせいで、私の調子は狂いっぱなしだ。
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