フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「東子も買い物?」


「……まあ」


「そう……」


おかしなものだ、本当に。


昨日までは婚約者だったのに。


今日はもう、赤の他人に過ぎない。


「あのさ、東子。予約してあるチャペルだけど、キャンセルしておくよ」


「そうして」


「それと、近いうち、東子のご両親にはちゃんと俺から説明するから」


「その必要はないわ」


目も合わせずに、慎二と話したのは初めての事だった。


もう、私の慎二ではないのだと思い知らされたから。


「私から話すから、いいわ。慎二は美月と生まれて来る子供の事を考えて」


「ごめん……東子」


謝られると、かえってみじめになる一方だった。


「本当に、すまない」


「謝るなんて卑怯よ」


一歩後ずさりした時、真後ろを通りかかった人とぶつかり、前に押し出されてしまった。


「あっ」


「……っと、大丈夫?」


とっさに私を受け止めた慎二から、知らない香水の香りがした。


慎二はいつもブルガリを愛用していて、森林のような匂いのする男だったのに。


女が変わると、香水まで変わるものなのだろうか。


「ありがとう。ごめんなさい」


「いや」


まるで、知らない男みたいに思えた。


私は慎二の胸を押して、離れた。


「東子」


けれど、慎二が私の両腕を掴んで引き寄せる。


まるで、抱き寄せるかのように。
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