フィレンツェの恋人~L'amore vero~
ハルは得意気に口角を上げて、答えた。


「黄色の着色料をふんだんに使って改良された、ピーマン!」


ぷうっ、と吹き出したのは隣に居た買い物客のおばさんだった。


私とハルが同時に見つめると、おばさんは「コン」とわざとらしい咳払いをして、そそくさと離れて行った。


「ねえ、ハル」


「何?」


「あなた、パプリカ、知らないの?」


「……これ、ピーマンじゃないの?」


眉間にしわを作ったハルが、棚からひとつパプリカを手に取った。


「パプリカっていうの、これ。なんだか、ぱふぱふした間抜けな名前の野菜だね」


がっくりした。


ハルは前後左右、どの角度から見ても、後姿でさえも端麗で賢そうなのに。


「ハルって……世間知らずだったのね」


やっぱり、ハルは、みんなとはどこかがちょっと違う気がする。


今日まで数えきれないほどの人と出逢ったし、その度にいろんな話をしてきたけれど。


ハルみたいな人とは出逢えていなかった。


他の人とは、何かが違う。


ズレているというか、風変りだというか、何と言って説明すればいいのかも分からないのだけれど。


ハルは、変な男の子だと思う。


「スウェットを知らなかったり、パプリカを知らなかったり。ハルはちょっと変わってるわ」


「……心外だなあ。ぼくはただ」


外の空気や文化に慣れていないだけだ、なんて極めて真剣な顔で言うのだ。


「やだ、ハル」


何だか唐突に可笑しくなって、つい、吹き出してしまった。


「初めて外の世界を知ったような事を言うのね」


「……うん。そんな感じ。そうなのかもしれない」
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