フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「けど?」


私が聞くと、ハルはパプリカから視線をずらしてすうっと顔を持ち上げた。


「ぼくは、親の道具に過ぎない存在なんだよ。東子さん」


ほんの少しだけ、ハルとの距離が縮まったような気がした。


私も、きっと、ハルと同じだ。


おそらく、私も、両親の傷を負った心の穴を埋めるための道具にすぎないのだ。


「東子」の代わりの「東子」なのだと思う。


「なんとなくだけど、ハルの気持ちが分かる気がする」


えっ、とハルが声を漏らす。


「分かるの? ぼくの気持ちが?」


「ええ。なんとなく、だけれど」


「どうして?」


「だって……」


その時が、初めて自分からハルの目を真っ直ぐに見た瞬間だった。


「私も、両親の道具にすぎないと思うもの」


「東子」の代わり、だもの。


「ねえ、ハル」


「うん」


「これ」


私は、ハルが戻した黄色のパプリカと、隣の真っ赤なパプリカをひとつずつ手に取り、


「パプリカを食べた事はある?」


買い物かごに入れた。


「ピーマンならあるけど」


ハルがふるふると首を振る。


「パプリカはないよ」


「そう。意外とイケるのよ。瑞々しくて。サラダにするから、夕食に食べましょう」


「……うん」


「平気よ。何を食べても、誰も何も言わないわ。だってそうでしょう? 今、ハルは自由だわ」


ハルがぱあっと笑顔になった。


「うん!」


その笑顔を見た時、私は思った。


この子は、自由になりたいんだわ。


何に縛られているのかなんて、想像もつかなかったけれど。


ハルは何かから解き放たれたがっているんじゃないかと、そう思った。
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