フィレンツェの恋人~L'amore vero~
そして、その呪縛から解かれた瞬間に、ハルは居なくなる。


ここから、ふっと息を吹きかけられたキャンドルの炎のように、居なくなる。


そんな気がした。


ひととおり食材を見て回り、


「買い残した物はない? 会計するけど」


私たちはレジに並ぶ事にした。


レジはどこもかしこも列が出来ていて、混雑している。


「トマトにバジル、チーズに生ハム……」


列の最後尾に着き、かごの中の食材を確認している時、私はハルのある事に気が付いた。


ハルは変な子だとばかり思っていたけれど、実はとても賢い頭脳を持っているという事だ。


ハルはたぶん、とても頭の回転が良くて、学校じゃ成績はトップクラスかもしれない、と。


「うん」


かごの中身にざっと目を通したハルが、


「五千六百三十八円、だよ」


に、と真っ白な歯をこぼした。


「えっ?」


「だから、五千六百三十八円だよ。これ全部で」


「ハル、計算が得意なの?」


「まあね」


そして、ハルの計算は正確だった。


「五千と、六百三十八円です」


レジの女性店員が同じ金額を告げる。


「一万円からでよろしいですか?」


「あ、はい」


トン、とハルが肩を叩いて来た。


「ね。言っただろ? ぼくは嘘はつかない」


ハルは、私が思うより遥かにかしこいのかもしれない。


そして、ハルは本当に嘘をつかない。


「ええ、本当にね」


「ねっ」


に、とハルが笑った。

< 88 / 415 >

この作品をシェア

pagetop