フィレンツェの恋人~L'amore vero~
彼と付き合って半年になりました、と。


「慎二さんは、東子さんの婚約者なんだって分かっているのに、どうしても止められなかった。気持ちに嘘は付けませんでした」


華奢な肩を小刻みに震わせる美月を見つめながら、くだらない、そう思った。


私と慎二が積み重ねて来た四年という絆が、美月と慎二のたったの半年に負けてしまったのかと思うと、何もかも、ばかばかしくなった。


「ずっと、苦しかった。ずっと、慎二さんが欲しかったから。だから、東子さんが羨ましかった」


くだらない。


「でも、言えなかったんです」


本当に、ばかばかしい。


「だって、東子さんはわたしの憧れで、目標でもあったから」


え……と顔を上げた私を見つめて、美月は続けた。


仕事覚えの悪いわたしに嫌な顔ひとつせず熱心に教えてくれる、東子さんが。


いつも毅然としている綺麗な東子さんは、わたしの目標でした。


偽善者ばかりで、腹の探り合いばかりの大人社会で、常に本音で接してくれるのは東子さんだけだったから。


「東子さんには、勝てないと思っていたから」


でも、同時に、慎二さんの婚約者という幸せなポジションに居る東子さんを、いつも嫉ましく思っていました。


「苦しかったです」


そう言って本当に苦しそうに泣く美月と、


「美月、もういい」


と、その華奢な肩を抱く慎二を睨み付けて、


「でも、信じられないわ」


私はカフェを飛び出した。


だって、そうする他なかった。


そこにはもう、私の居場所なんてなくなっていたのだから。


「信じられるわけがないじゃないの」


今頃、飲みかけにしてきたエスプレッソは生温くなっているだろう。


そして、それは、もう捨てられてしまったかもしれない。


……今夜の私のごとく。

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