フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「ぼくが、傘になってあげる」


そう言って、ハルはポインセチアごと私をダウンジャケットの中に抱き入れて、


「さ、行こう。タクシー乗り場はどっち? 辺りが白くてよく分からない」


と左右をきょろきょろした。


ハルの匂いがする。


「あ……こっちよ。行きましょう」


ハルの匂いは、私を不思議な気持ちにさせた。


深い深い眠りに誘うような、切なくて、胸が苦しくなるような、だけど、清潔な香りだった。


ハルの匂いに戸惑いながらタクシー乗り場がある方へ向かっていたその時、


「あ……ティファニーだ」


ハルは言い、ぴたりと立ち止まった。


「えっ、何?」


見上げると、ハルは敵を威嚇するような鋭い目で、前方から向かって来る人影を見ていた。


ポインセチアの赤い葉に雪が当たってパサパサと音がした。


「……ハル?」


ハルのまつ毛で雪の粒が弾けては粉々に砕け、さらさらと舞い散る。


「東子さん。ぼくから離れないで。いいね」


ハルの手が私の腰に回り、ぐいっと抱き寄せられる。


「あの……ハル? どういう――」


「東子!」


私は言葉を飲み込んだ。


ハルがさらに、私を抱き寄せる。


「東子」


駆け寄って来た彼を見て、ポインセチアの鉢を落としそうになった。


「どういう事なのか、説明して」


降り止む事を忘れた雪の中から現れたのは、雪をかぶって濡れた慎二だった。


「慎二……」


なぜ、慎二がここに……。


「美月のところに行ったんじゃなかったの?」


慎二は怖い顔をして、はあはあと苦しそうに荒々しい呼吸を繰り返した。


「途中で引き返して来た。戻って来た」
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