フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「なぜ?」


「君に、話したい事があるから」


降る雪は、止むことを知らない。


こんこんと溢れ出る、私の慎二へ対する不信感と同じように。


「何、今更」


私はポインセチアの鉢を強く抱きしめた。


「私は、ないわ。話なんてもうない」


私ではなく、美月を選んだのはあなたじゃない。


慎二、あなたじゃないの。


睨み付けていると、慎二は奥歯を噛んだ後吐き出すように言った。


「昨日は悪かった。でも、違うんだよ。昨日は気が動転していて……だから、俺の話を……」


慎二が手を握りしめる。


「聞いてくれないか。東子」


肩をすくめた慎二に、猛烈な苛立ちを覚えた。


気が動転していた?


そうだったのかも分からないが、私と婚約中に、寄りによって美月と関係を持っていたのは事実なのに。


言い訳をするつもりなの?


ハルは一切口を開かず、ただ、私の腰に手を回して慎二をじっと見つめ続ける。


「何も聞きたくないし、もう、聞く必要もないと思うの。私たち、もう終わったのよ。慎二」


乾いた雪を含んだ冷たい風が、ビュウッと吹き抜けた。


「違うんだ、東子。俺、本当は」


と慎二が一歩詰め寄って来た時、ハルが私を抱き寄せた。


戻ったらダメだ、そう言われたような気がした。


「行こう、東子さん。帰ろう。お腹すいた」


「そうね」


頷き、慎二に言った。


「こんな所で時間を無駄にしてどうするの。早く美月のとこへ行った方がいいと思うけど」


私は、きっと、冷たい女だ。


私を捨てた慎二に、優しく接する事なんてできなかった。


「じゃあね、慎二。美月によろしくね」


と踵を返した時、豹変した慎二が声を荒げた。
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