フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「信じられないな、女って生き物は! 所詮、東子も美月と同じだ! 節操のない!」


信じられなかった。


いつも穏やかで用意周到な王子様みたいな慎二の口から、そんな言葉が飛び出した事が、どうしても信じられなかった。


「アバズレが!」


できる事なら、夢であって欲しかった。


腰に回っていたハルの手に異様な力が入ったのだと分かった。


腰骨がじーんと痛くなるような、強い力だった。


「その男は何? 俺への当て付けのつもりか! 笑っちゃうね!」


慎二が見た事もない酷い目をして、私を睨んで来る。


まるで、蔑むような、私を軽蔑する目だった。


「まさか、東子がそんな淫猥な女だとは思わなかったよ」


「いん……慎二! どういう意味」


「え? そのままだよ。下品で淫ら。そうだろ? 東子」


私は一体、この男のどこを愛していたのだろう。


この四年間、彼のどこを見ていたのだろうか。


そもそも、この人は慎二なのだろうか。


知らない人なのではないだろうか。


慎二は目を吊り上げ、にやにやと気味の悪い微笑さえ浮かべて、不気味だった。


「で、どうだった?」


「……何が?」


唇が震えて、声まで震えた。


「何、って」


ク、と笑った慎二の肩に積もった雪がハラハラと地に落ちて行く。


「婚約を破談にされた腹いせか? どうだった? 若い男と一夜を共にしたんだろ?」


目をギラつかせる彼は、かつて、スーツがとても良く似合う男だった。


けれど、今目の前に居る慎二はもうすでに別人だ。


スーツが草臥れて見える。


「どうだった? 若い男の体は。良かったか?」
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