フィレンツェの恋人~L'amore vero~
返す言葉はもう、ひとつもなかった。


呆れるしかなかった。


ただただ、情けないやら不甲斐ないやら悲しいやらで、どんな顔をすればいいのかも分からなくなった。


かつての慎二の面影なんて、見当たらなかった。


初めて、橘慎二という一人の人間を情けない人だと思った。


私はひとつ深呼吸して、心を落ちつけようと努力した。


ポインセチアの鉢をそっと抱きしめる。


「慎二。それは思い込みもいい話だわ。私とハル」


見上げると、ハルがにっこり微笑みを落として来た。


「この子とは、そういう関係じゃないわ」


確かに、ひょんなきっかけで、ハルを拾った事も一夜を共にした事も、紛れもない事実ではあるけれど。


「残念だけど、慎二が考えているような関係じゃないわ」


「嘘をつくな!」


「……慎二」


この人はもう、私の話も聞いてくれない「他人」になってしまったのだと、確信した。


ドスの効いた、子供じみた怒鳴り声だった。


「昨日、俺がどんな思いだったか分からないのか!」


慎二の言葉に、カッとなった。


「……いい加減にして! 分かるわけないじゃない!」


「東子さん。落ち着いて」


ハルが言ったけれど、落ち着いてなどいられなかった。


「ハルは黙っていて!」


「東子、君を幻滅するよ!」


それを慎二に言われるような筋合いはない。


「君との四年間は何だったんだろうな」


それは、こっちのセリフだ。


全部、そのままそっくり返したいと心底思った。


道行く人たちが、まるでワイドショーのトップニュースを観るようなわくわくした目で私たちを見て歩いて行く。


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