フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「やだあ。みっともな」


「見てー。クリスマスだってのにね」


「修羅場って感じ」


若くて、綺麗な女の子たち。


「悲惨。ああはなりたくねえな」


「何、それって、心当たりがあるような言い方」


「バッカだなあ。オレはそんな事しねえよ」


「ほんとー?」


幸せそうな、恋人たち。


「お母さーん! あの人たちケンカしてるよ」


「こら、見ちゃだめ」


「ええーっ、何で?」


「何でも!」


こんな汚れた大人の世界は見せまいと、愛しい我が子の手を引く母親。


若い女の子たちのひとりが、私をじっとりとした目で見て、


「そんな風には見えないのになあ……」


残念そうに言い、百貨店の方へ去って行った。


道行く人たちみんなが、ハルのダウンジャケットの中で真っ赤なポインセチアを抱きしめる私を見て、軽蔑しているような気がした。


君には幻滅した、とか、君との四年間は何だったのか、なんて罵声が響いたのだから無理もない。


酷い女、軽い女、そう思われているのだと思う。


慎二という婚約者を裏切り、そして、すぐにハルという若い男に身を摺り寄せる、節操のない女。


おそらく、そういう事になるのだろう。


ぶわり、と風が吹いてハルのジャケットが膨らんだ時、


「あっれえ……やだ、牧瀬ちゃんじゃない!」


通りかかったのは、同期入社の小嶺華穂(こみね かほ)だった。


「あ……」


「何か人がもめてるなあと思ったら……まさか牧瀬ちゃんだったなんて。驚いちゃった」


華穂はかつて、私と同じ受付嬢だった。


でも、好奇心旺盛で人見知りなんて一切しない明るい性格の彼女は、一年後に移動願いを出し、広告企画課へ移動して行った。
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