フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「嘘を付くな! 今だって一緒に帰ろうとしてるじゃないか」


「だったら、何だというの?」


降る雪はさらに強さを増した。


もう、目の前にある慎二の表情でさえ、白いフィルム越しのように感じる。


「もう、慎二には関係ない事じゃないの。だって、そうでしょう?」


私を捨てたじゃない。


これまでの四年間をあっさりと捨てたのは、慎二の方じゃない。


「違う?」


涙を堪えて、慎二を睨み付けた。


足元に眠るポインセチアに、雪が薄く積もって行く。


震える声を絞り出す。


「慎二。あなたが私を……捨てたのよ」


本当の親に捨てられた私を、また、捨てたのよ。


美月を選んだのは、あなたなのに。


背中にハルの視線を感じる。


けれど、振り向く事は愚か、動く事すらできなかった。


ふう、と息を整えて、慎二が口を開いた。


「捨てたくて捨てたわけじゃない。君と別れたくて別れたわけじゃない」


「今更、何を言ってもどうにもならないじゃない。それは言い訳だわ」


今更、何を言われても、もう彼を信じる事なんてできない。


「だって、あなたは父親になるのよ。どうにもならない事だもの」


私の腕を掴んでいた慎二の手に、異様な力がこもったのが分かる。


コートの上からでも、慎二の指の形がはっきりと感じられるくらいの強い力だった。


「あれは……じゃない」


慎二の唇がカタカタと震え、その細々とした声に首を傾げた。


「え?」


「あれは、俺の子じゃない」


その一言を聞いた瞬間に、私の体内で完璧な爆発が起こった。


「……何を、言うの」


ドン、そんな、衝突にも似たような音だった。


確かに小規模で、だけど確かに、決定的な爆発だった。
< 99 / 415 >

この作品をシェア

pagetop