初恋プーサン*甘いね、唇
「A l`Avenue de Chapms Elysee, s`il vous plait(シャンゼリゼ通りまでお願いします)」
通じるかどうか不安になりながら、私は教えられたように発音してみた。
すると運転手さんは、振り向きながら笑顔でうなずいてくれた。
「Je l'ai compris」
どうやら外国人が乗るのは珍しくないようで。
手塚治虫のような形の濃紺の帽子をかぶり、深緑のジャケットをラフに着ている、鼻がものすごく高い、4~50代の運転手のおじさんは、驚くこともなく何やら返事をして、アクセルを踏んだ。
陽気に、鼻歌を口ずさみながら。
「アリガト~、コンニチハ~」
彼は、鼻歌の合間に、しきりにそればかり繰り返し言っては、私のほうを向いて親指を立て、「どうだい」というふうに満面の笑顔を浮かべる。
最初は、
「ニイハオ、シェイシェイ」
と言っていたが、私が訂正するように、
「ドゥ・ジャポン」
と伝えると、先の言葉を繰り返すようになった――というわけだ。
まあ、仏頂面で無口で、どこかへ連れて行かれそうな危険な香りがする人じゃなかっただけでも、幾分安心していたのだけれど。