初恋プーサン*甘いね、唇
お経のような「アリガト、コンニチハ」が総数100回をこえようかというところで、タクシーは凱旋門を舐めながら、シャンゼリゼ大通りへと入った。
写真で見ていたよりもずっと広くて活気のある場所に、思わず息を飲む。
「C`est ici, merci(このあたりでいいです)」
美咲に教えられた通りに伝えると、おじさんは「ウィ」と言ってタクシーを停めた。
「C`est combien?(おいくら?)」
「Quarante euro, s`il vous plait」
数の単位や値段などをあらかじめ教えてもらっていたから、40ユーロと言っているのが分かり、十分足りるお金を手渡す。
「はい、これ。おつりはいいです。えーと、Pourboire(チップ)」
「アリガト、Mademoiselle(マドモアゼル)」
(うわぁ……。マドモアゼルって言われた!)
アガサ・クリスティーの『青列車の秘密』などを読んでいるとき、ポワロの口癖に憧れて「マドモアゼル」と呼ばれてみたいなと思っていたので、実際に本場で呼ばれて、ちょっとだけ感激。
「Bon sejour」
おじさんは、何やらつぶやいて帽子を持ちあげる。
なんて言っているのか不明だけれど、私はとりあえずお礼を言った。
「Merci beaucoup. Au revoir(ありがとう、さようなら)」
「コンニチハ~」
「あ、はは……。こんにちは~」
おじさんは笑顔で親指を立て、環境に悪そうな灰色のため息をつきながら走り去った。
おそらく、彼は「さようなら」のつもりで使ったんだろうけど。
明らかに間違って覚えている。
このままだと、次に誰かが指摘してくれない限り、一生「こんにちは」と言い続けるのだろう。
そんなふうに思いながら、タクシーの姿を見送った。
何はともあれ、こんにちは~。