初恋プーサン*甘いね、唇
「雛子がフランスだもん。生まれたての赤ん坊が喋り出すとか、空想だと思ってた神様が実際目の前に降臨するとか、そんな類の出来事よね」
「どういう例えよ」
美咲は、自分の比喩に酔いしれるような表情でコーヒーを啜り、お手洗いへ向かった。
博美さんは、話に区切りがついたところで、旦那さんに電話をするからとお店の外へ出て、私はマスターとふたりきりになった。
「雛ちゃん、よかったな」
「そうですね」
一陣の風みたいな取調べが終わり、氷が溶けて薄くなったグラスを持とうとすると、さっと湯気が立つホットのカップに入れ替わった。
「旅の疲れにはホットだよ。おじさんからのおごりだから、遠慮なく飲みな。頑張ったご褒美だ」
「ありがとうございます」
息を吹きかけながら味わうと、疲れが抜けていく感じがした。
なんだかんだ言っても、こうして温かい人たちと一緒にいるのは気持ちがいい。
恋愛においてはずっと片想いで苦しんできたけれど、それ以外ではとても幸せだったし、おかげで挫けずに済んで今に至るんだろうなと思う。
「渡仏前に、市村さんって人にも、きちんと別れを告げたんだな」
「はい。その勇気が出たのも、マスターのおかげです」
「雛ちゃんが頑張ったからだよ」
「いえ、そんな」